弁護士 坂口 禎彦-児童転落事故の発生原因と責任に関する見解
弁護士 坂口 禎彦
第1 はじめに
本意見書では、本件事故調査で判明した事実関係にもとづき、事故の発生原因と責任について解明する。
具体的には、①、「5階図書館の窓及び窓の外の庇に関して学校施設の施設として適切であったかどうか。」、②、「学校の安全管理が適切であったかどうか。」という2点から検討する必要がある。
そして、①の責任については、施設(校舎)の設置・管理責任ということから区の責任を問うことになり、それは国家賠償法2条1項に基づき営造物責任を問うこととなる。また②の責任については、国家賠償法1条1項の不法行為責任や債務不履行責任として学校の安全管理上の責任を問うこととなる。
第2 施設(校舎)の設置・管理責任
1 国家賠償法2条1項に関連して
本件は、安全性に問題がある図書室の窓の外に設置されている「庇」から転落した事故であることから、国家賠償法2条1項の営造物の設置・管理責任を問うことができる。
国家賠償法2条1項は、「…公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害が生じたとき」に国に責任を認めている。
同法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、「当該営造物が通常有すべき安全性を欠くこと」をいい、それは、「利用方法、目的等に照らし具体的客観的に判断されるべきもの」である。
最高裁も同様の立場をとっており、「当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきもの」であるとされている(最判昭和53年7月4日第3小法廷等)。
従って、本件の如く判断力、適応能力が低く危険な行動に及びがちな児童が利用する小学校校舎においては、特に高度の安全性が要請されているものといえる。
2 本件営造物の構造等の特徴
(1) 本件営造物の構造上の特徴は、以下のとおりである。
①、本件事故当該の窓台は、床からの高さが約610㎜であり、生徒が使用する5階の図書室の外部に面した窓としては極端に低すぎる腰壁の高さである。本件事故発生当時には、当該窓には手すりはなかった。窓の手前に3段の棚板を持つ本棚が設置されていた。その本棚の甲板の高さは約970㎜、幅220㎜であり、棚板は下部に行くにしたがって奥行が広くなった梯子状であり、足掛かりとして容易に上れる構造であった。
②、外部の庇は、床面から約310㎜下がった位置に奥行き約1,130㎜出た庇となっている。この庇は4階のバルコニーを覆うもので、同バルコニーよりわずかに大きいものである。他方、5階図書室から見下ろすと、手すりのないバルコニーのように見えるもので、本棚に上って下りることは容易だと思える構造である。
③、1992年4月3日付け『小学校施設設備指針 第3開口部 2窓(6)』によると、『外部に面した窓は、腰壁の高さを適切に設定すること。また、窓下には足掛かりとなるものを設置しないことを原則とし、必要に応じ、窓面に手すりを設けることが望ましい』とあるが、その指針から見ても適切な構造とはいえない。
④、当該図書室を含む改築工事の設計図書を見るかぎり、当該サッシの竣工時点は、スチールサッシで、2段2連引き違いのサッシであり、腰壁の高さは変わりませんが、サッシの中段約1,000㎜の高さに、水平に走る窓枠(中がまち)があり、危険性は少ないものである。しかし、それが、1982年の「外壁サッシ改修その他工事」の設計図を見ると、現状のアルミサッシ(中段の窓枠が無いサッシ)に取り替えられている。それぞれがバルコニーを持った3階の家庭科室と4階の音楽室と同じサッシの番号が図示されているから、バルコニーの無い5階図書室が階下の二つの教室とは条件違うことがまったく考慮されなかったと考えられる。
⑤、1997年の「耐震補強その他工事」の設計図では、当該サッシと並んだ左隣りのサッシが耐震壁改修で、小さいサッシに取り替えられ、手すりがつけられた。しかし、その時に、当該サッシはそのままで、手すりのとりつけもなされていない。この時の『5階改修後図書室詳細図』では、庇部分に手すりが記入されているが、改修の書き込みはない。作図の過程で、過って3、4階と同様に扱ったものと考えられる。
⑥、事故発生図書室は、5階に位置し、階段室最上階の単独の室である。事故当該窓の3層下がプールになっていて、階の差は3階であるが、建築基準法では5階である。東京都建築安全条例第19条1項にある特殊建築物であり、第12条(4階以上に設ける教室等の禁止)に該当する図書室であり、ただしがきにある、『安全上支障がない場合』に限り許されるものである。その安全上の構造となっていないのに、図書室となっているのは理解できない。なお、第13条(教室等の出入り)の『二以上の出入口』に関しても、100㎜を超える図書室としては、図書室からの避難路としての二つの出入り口があまりにも一方に偏り過ぎている。
さらに、1982年の外壁サッシ改修工事の時、図書室の条件を斟酌して安全上適切な処置がなされないできた。その時点で、設計図書のチェック、施工図チェック、竣工検査の時点と都合3回にわたりチェックの機会が存在したと思えるが、何ら適切な処置がなされては来なかった。
(2) くわえて、小学校の校舎は、児童は、低年齢であることから判断力、適応能力が低くしかも好奇心旺盛である。かような児童が利用することから小学校の校舎などの施設は、特に高度な安全性を必要とされるものである。
実際には、事故当該の窓は、窓台の床からの高さが約610㎜であり、生徒が利用する5階の図書室の外部に面した窓としては極端に低すぎる腰壁の高さとなっている。しかも外部の「庇」は一見手摺のないバルコニーのような形状となっており、日常的にしばしば児童が「庇」に容易に出ることができていた。
この点は、6年生児童に対するアンケート調査からも伺い知ることができ、同調査結果からさえ、児童24名中半数以上が「庇に降りることができる」と思い、その5分の1が「降りてみようと思った」こともあり、実際に3名もが降りたという事実が判明している。
また、庇は上記のように一見するとベランダのようにも見えるものであり、そこに出るのも容易で、しかも庇自体には手すり等転落を擁護するものは一切備えられていなかったのである。
(3) これらの事実に照らすと、本件において当該教室を図書室として使用すること自体が問題だったといえる(2000年7月には、この図書室は閉鎖され、図書室は3階に移設され5階は校歴室になっている)。
以上にあるように本件事故は、安全上の配慮を欠いた当該施設が、長期にわたって放置されていたことが事故発生の原因であると見なさざるを得ない。
3 ちなみに、本件事故と同様の事案について、東京地方裁判所で問題となり国損害賠償命令が下された事故があるので触れておく。この東京地裁での事案は、女子学生が建物4階のベランダ状の庇から転落して大怪我を負ったというものである。本件とは違い分別のつく女子学生が転落した事案であった。
判決(東京地裁1999年6月29日判決)によると、事故当時、学生が庇部分に出ることを禁止するような措置は何も取られておらず庇部分に立ち入ったことがその設置管理者である大学管理者の予想を超えた行動であったとは到底言えないとの判断を示し、庇部分の手すり下部の開口部は極めて大きく、通常利用する教職員や学生といった大人であっても、床にあるものを拾おうとするなどしてしゃがみ込んだ際に身体の均衡を失すると、開口部から転落する恐れが十分にあり、手すりやその支柱などの存在だけでは転落防止の機能としては不十分であると認めた(本件事故においてはこのような転落防止機能さえ存在しない)。その上で、庇部分は、通常予想される危険の発生を防止するに足りると認められる状況になかったと言わざるを得ず、その設置または管理に瑕疵があったと結論づけている。
4 以上の事実を総合するに、本件校舎は、小学校児童の生命・身体の安全を図る上で極めて危険なものであり、当初から校舎としては不適切な施設といえ、それ故、区は営造物の設置又は管理に瑕疵があったと言わざるを得ない。
5 よって、区は国家賠償法2条1項に基づき損害賠償責任を負担することとなる。
第3 学校の安全管理責任
1 上記のように学校には施設の設置・管理責任が発生するが、同時に本件においては、図書室として本件施設を利用していたことからその利用方法に関しても問題があり、それ故、国家賠償法1条1項ないし債務不履行に基づき学校に安全管理責任が発生する。
学校は、児童の「教育を受ける権利」を保障するために設けられた施設である。それ故、学校は学校内において児童が学校生活を送るにあたって健全に成長する様対応を求められており、児童が学校内において安全、衛生に過ごせるよう配慮し児童の生命・身体に不足の事態が発生しないよう注意しなければならない。このように、学校には児童の学校生活においてその生命・身体を護るよう安全配慮義務がある。
しかるに、本件においては、以下のとおり、学校は上記安全配慮義務違反をつくさず漫然と児童を教育していたもので安全配慮義務違反の責任を負う。
2 安全配慮義務違反を基礎づける事実
(1) 児童を義務教育の一貫としてあずかっている学校は、その管理下にある間、児童の安全を保護すべき一般的義務を負うことになり、学校の施設・設備によって児童の生命・身体に不測の損害生じないよう適切にこれを管理すべき義務を負う。
それ故、学校は、単に児童の生命・身体の安全のために学校施設・設備にその危険性を回避すべく事故防止措置を施すというだけでなく、日頃から児童に対し危険性の高い施設・設備についての注意を与え、児童が当該施設・設備に近寄らないなどの適切な対応をするだけでなく、児童が危険な行動を取らないよう十分監督することが求められる。
これを本件にみると、学校施設・設備の設置並びに管理上問題があったのみならず、児童が図書室に出入りした際、「庇」に出ることが過去に何度となくあったのだから、本来学校は転落事故防止のために柵を設けるとか児童に対し十分な注意や監督をするなどの転落防止策を取るべきであったと考えられる。
しかし、学校側の「児童の死亡事故について」と題する報告書によれば、学校はこのような事実については一切知らず全く把握していなかったという。
仮に、学校側のかかる報告が事実であるとしても上記事項について何らの事実も把握していなかったこと自体が極めて重要であり、かつ重大な過失であるといえる。
(2) ところで、本件事故は、休み時間中の事故である。
このような場合、教職員の目の行き届きにくい場面で事故が発生することが多い。
しかし、学校における休み時間は、児童が一応自由に過ごすことを予定されているとはいえ、次の授業等に対する準備をする時間であり学校における教育活動と密接不離の関係にあると考えられる。
そして、休み時間中の事故は、教職員が現場に立ち会い生徒の動静を監視していれば防止し得た可能性が高い場合が多いので、立会監督義務が問題となる。 とりわけ、本件事故に関してみれば、校舎5階に位置し教職員の目の行き届きにくいうえに危険性を有する図書室であるだけに、休み時間に児童だけが出入りできないよう施錠することはもちろん、児童の出入りを許容する場合は教職員が立ち会って監督を行うべきであることは明白である。
しかし、本件についてみると、図書室は施錠されてなく、児童が自由に出入りできる状態に放置されており、教職員の立ち会い監督も行われていないのであるから、休み時間中の安全配慮義務違反は明白である。
(3) 本件転落事故は、被害者が小学校6年生であったが、それを理由に本件において学校側に責任はないとする見解は取り得ない。
本件事故の被害者が、小学校6年生であり、学校生活にも適応し相当の自律能力・判断能力を有しているとの前提に立って学校の責任の存否を検討する必要性は首肯しうる。小学校6年生ともなれば相当程度物事の判断能力を備えているのが一般であるから、むしろその自主性を尊重し過度の管理は教育上も適切でないという教育上の配慮との関連も検討課題になりうる。
しかし、これとても本件のように校舎5階から転落するなどという児童の生命・身体に対する特別の危険が予見される場合には責任を免れることはできないと考えるべきである。
なぜなら、本件「庇」は、一見して転落死を予見させるものではないが、本件「庇」は柵がなくバルコニーのような形状であり、児童の好奇心、冒険心をくすぐるもので過去何度も子どもが「庇」に出たことや、大人の視点からみて、一つ間違えば「庇」から転落する危険性があったことを認識し得るものであっても、小学校6年生の認識能力では、かかる転落事故発生の危険性を予測し、危険な結果を回避するための自律的な行動を期待し得ないこと等に照らせば、学校が安全配慮義務をつくさなければ児童の生命・身体の安全を図ることができないといえるからである。
3 以上の事実を総合するに、本件事故は、学校が、児童の生命を預かっているにもかかわらず、その管理下にある児童の生命・身体の安全を保護すべき義務をつくしてはいなかった故に発生したものと言わざるを得ない。
(参照条文)
国家賠償法1条1項
「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」
国家賠償法2条1項
「道路、河川、その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。」

