学校は危ない

 朝、元気に学校に行った娘が、帰ってきた時には冷たくなっていた。まさか、学校でこんなことが起こるとは思ってもみませんでした。学校は子どもたちが通うのにふさわしい場所になっているのでしょうか。
 今から、二年ほど前の1999年6月22日に私の娘、麻貴は、休み時間に文京区立指ヶ谷小学校の五階図書室窓下の庇(ひさし)から三階のプール足洗い漕に転落し、三日後の25日に死亡しました。その後、どうしてこのようなことが起こったのか学校や教育委員会に聞きましたが事故の原因は「何も」答えてもらえませんでした。二度とこのような悲惨な事故を起こさないためにと建築家、教師、弁護士、保護者の方々が一緒に「指ヶ谷小学校転落事故を調査する会」(以下「調査する会」)を作り調査してくださり、4月にその報告書をまとめることができました。
 私は、学校の施設の危険性と事故後の対応をめぐっての「教育」の危険性を感じざるを得ませんでした。
図書室(建築物)をめぐって
 図書室は五階にありました。子どもたちが使用する教室がこの高層階にあること自体危険です。昭和30年代に建てられた建築物はちょうどベビーブームのなかで1学級の定員ばかりでなくクラス数も多く子どもたちが使用する教室が高層階にならざるを得ない状況がありました。その危険をふまえて当時、東京都の建築安全条例では4階以上に児童の使用する教室を設ける場合に制限が加えられ、5階に使用教室を設けることは条例に違反するものでした。(「小学校・・・・にあっては、建築物の4階以上に教室その他児童及び児童を収容する室を設けてはならない。ただし、小学校において避難上、安全上及び防火上支障がない場合は、これらの教室を4階に設けることができる。」)ところがこの図書室が設けられました。どうして許可されたのかわかりません。しかも、重要なことは児童数が減少し、クラス数も減少した事故当時も五階のまま存在していたということです。そして、空き教室は大人が主に使用する会議室や特別教室に割り振られていきました。このような部屋が児童に常時使用して欲しい図書室より階下にある状態が生れていました。危険な高層階にある図書室より空き教室をどのように使用するかということで対応してきた結果だと思います。「安全」という観点が抜けている状況だったのではないかと思います。
 その図書室の構造も危険でした。まず、窓の構造です。床から窓までの高さ(腰高)が61cmしかありません。しかも、手すり等の危険防止の器具もつけられていませんでした。さらに、その窓に面しては階段状の97cmの本棚が設置されていました。危険を考えれば当然のことですが「小学校施設整備指針」では「外部に面した窓は、腰高の高さを適切に設定すること。また、窓下には、足掛かりとなるものを設置しないことを原則とし、必要に応じ、窓面に手すりを設けることが望ましい」とされています。そして、窓の外には1m13cmの庇がありました。これは普通教室のベランダと同じ広さのものです。
 情報公開により取り寄せた指ヶ谷小学校の建築図面では、新築当時は図書室の庇に面した二つの窓は、途中に〈押し出し式〉の窓を設けることで床から窓までの高さは約1mの高さに保たれました。それが、昭和57年におこなった「スチール窓からアルミサッシュ窓」に入れ換える時に押し出し式の窓が外され61cmの高さになってしまいました。しかも、その時に手すり等の器具は取りつけられませんでした。そして、平成9年に二つあった図書室の窓の一つに「耐震工事」がなされ、ひとつの窓は床から窓までの高さが約1mになり、しかも1m20cmのところに木製の手すりも設置されました。しかし、一方の窓は強化ガラスに変えただけで手すりさえも付けられませんでした。
使用する児童の立場にたった学校施設をつくるというより、あたえられた工事をすますだけという印象しか得られません。
 図書室の出入り口は階段を上がってひとつあり、その横に屋上に通じるドアがあります。火災等の災害時の避難を考え二方向の避難口が場合必要ですが、この場合あまりにも一方に偏りすぎていて「二方向避難」という面からも問題がある構造になっていました。
 それにしても、床から窓まで61cmしかなく、その手前にはしごにもなる97cmの本棚、窓の向こうにはベランダと同じ広さの庇・・・・・。もし、小学校1年生から6年生までの子どもがいる自分の家がそのような構造になっていたら、手すりもつけずそのままにしておけるでしょうか。
子どもたちの図書室の利用
 本ばなれが問題になり、様々な教育機関等でこの対応に苦慮しています。学校の中でその中心になるのは図書室です。図書室を子どもたちが積極的に利用するために子どもたちの目線に立って考えれば様々な工夫がなされると思います。当然、その時に使用する子どもたちの目線に立って図書室の安全も考えると思います。残念ながら指ヶ谷小学校の図書室はそうはなっていませんでした。教室からも離れた「死角」とも言われる五階の隅に図書室がポツンと設置され、そこには司書もおらず、ただ図書ノートが置かれているだけでした。学校は「安全」を考えたのか図書室を利用する時は先生にことわって利用するよう指導していた(調査する会で実施したアンケートでは多くの児童はそのことを理解していなかった)と言いますが図書室は鍵はかかっておらず、まったく自由に出入りできる状態(安全・管理の面がしっかりしていればこれが望ましいと思うが)でした。児童に対して実施したアンケートによれば実際に図書室の窓から庇に出たことのある児童が何人もいました。とても適切に管理している状態とは言えませんでした。
 
図書室の移動
 事故後、最初に開かれたクラスの保護者会で図書室の移動も含めて学校に要望が出されました。(私は何よりも「事故の原因」について状況を説明し欲しい、できれば文書で知らせて欲しいということを要望しました。)昨年、その図書室が三階に移動になったことを知りました。保護者会等で安全面を考えて早急に移動して欲しいということでしたが1年以上たってしまいました。しかし、良かったと思っています。ただ、残念なのは図書室を移動した理由を説明していない点です。児童にとって、そして保護者にとっても学校が安全であることは一番大切です。事故が起こってから図書室は鍵を閉めた状態でもあったわけですから明確に「図書室の安全性に問題があったから移動した」と説明して欲しかったと思っています。すくなくとも当時のクラスの保護者には、はっきり説明するべきではないでしょうか。
原因を究明
 それにしても納得できないのが、なぜ、教育委員会・学校は事故の原因を究明しないかです。
 子どもたちが図書室をどのように利用しているか、また子どもたちは教師が指導していた内容をどれほど理解しているか、そして、安全に対しての意識はどうであったか実態をつかむことは二度とこのような事故を起こさないという点ばかりでなく、子どもの目線に立って指導するうえで学校教育の中では当然のことではないかと考えます。調査する会では図書室の利用や安全に対する児童の意識を調査するアンケートを学校に持参しましたが、教育委員会とも相談して実施して頂けませんでした。どんなアンケートでもかまわないから児童の実態がわかるアンケートを学校で作成し実施してもらえないかとお願いしましたが、それも断られてしまいました。しかたなく、調査する会では小学校4年生以上から卒業生の中学三年生までにアンケートを郵送し実施しました。私も教師をしていますが、教員免許を得る時も教育の現場でも「子どもたちの実態」と「子どもたちの目線」は強調され「教育」するときの基本だといわれてきました。学校と教育委員会の姿勢は疑問でなりません。
誠意ある対応
 起こってはいけない事ですが、もし、娘の友だちが私の家に遊びに来ていてこのような事故が起こったら・・・・。私は、気は動転すると思いますが、何よりも相手の保護者の方に謝ると思います。許されなくても謝ります。相手が子どもで小学生なのだから、いや、中学生でも高校生でも家に遊びに来ていて死亡する事故が起これば何はさておいても謝ると思います。そして、どうしてこのような事故が起こったか娘や一緒に遊んでいた友だちがいれば状況を聞いて説明すると思います。二年間たちましたが学校からも教育委員会からも「謝罪」と「原因説明」はありません。「心の教育」「個が輝く文京の教育」を教育委員会をはじめ高く掲げていますが、是非、そういう教育の手本を自ら示して欲しいと願っています。そして、「原因を究明」するという当たり前の誠意を示していただきたいと思っています。それが娘への供養であるとともに「二度とこのような事故を起こさない」ための教訓となると思います。
クラスの子どもたち
 娘と同じクラスの子どもたちに学校・教育委員会はどのような対応をしたのか気になります。学校で、しかも、ちょっと前まで、数分前まで机を並べていたクラスの児童の「命」が亡くなってしまった。今まで元気に同じ教室にいた「命」がなくなってしまえば、小学校1年生でも「どうして?」と思うでしょう「なぜ命が失われたのか」何も話されないまま対応していたとすれば、「命」の重みにつてどのように感じるでしょう。子どもたちの人間関係が希薄になっていると様々なところで叫ばれています。人間にとって一番大切な「命」が亡くなる事故が起こった。その時、クラスで「どうしてこのような事故が起こってしまったのか」話し合うことは、人間関係を形成していくだけでなく、心のケアという面でも大切なことではないでしょうか。先ごろ大阪の池田小学校で幼い「命」が奪われました。施設や教職員の組織、安全対策等々様々な対応がその後なされています。そして、何より6年生の子どもたち全員を無条件で付属中学に進級させその後のケアを行うそうです。事故当時の様々な面を「配慮」して子どもたちに対応していなかったとすれば、少なくとも大阪のようにその後の対応をするべきだと考えます。きちんとした長期的なケアのプログラムを考えて。
特殊でない
 クラス数が減少し教員数もそれに準じて削減され、学校という建物はそのまま、昔のまま存在しています。掃除ひとつに注目してみても教職員一人が対応しなければならない教室数は増えます。物理的に掃除指導ができなくなる実態があります。そして、最悪の場合は放置されることになります。このような実態をふまえると学校の安全点検はますます重要になってくると思います。もちろん、その際に娘の経験からも教職員・保護者は当然ですが、施設を利用する児童の「子どもの目線」を含めて行うことが大切だと思います。
 「命」が失われたのですから、そのことに対してどのように向き合うか。教育の根幹にかかわることだと思います。裁判等を考えて不利になることは言わない。不利になることは調べない。そして、証拠がないかぎり否定する。もし、そういう姿勢だとするとそこで育つ子どもたちはどうなるのでしょう。外務省・神奈川県警など不祥事を起こしそれを隠すことが世間で問題になっていますが、もし教育の場でそれに似たような事が起こればそれは個人、組織だけの問題ではなく将来の日本の問題にもなってきます。事故原因を是非、明らかにしていただきたいと思っています。少なくとも調査する会がまとめた「報告書」の事故原因に対してどのように捉えているか公表して頂きたいと思っています。学校にも区・都の教育委員会にも「報告書」を持参し検討をお願いしましたが「事故原因」については何も応えて頂けませんでした。二度とこのような事故で幼い「命」が消えないようにそして、学校が将来の日本を担う子どもたちを教育するにふさわし場所であるためにも「事故原因」を明らかにして頂きたいと思います。そして、調査する会の報告書の「事故原因」に応えて頂きたいと思います。