母より

金子 恵子(母)

「麻貴がやったことは、命と引き替えにしなければならないほど悪いことだったのか。一人でも多くの人にあの庇を見てもらいたい。」事故後開かれた六年生の保護者会の席上で私はこう言いました。そして、この思いは少しも変わることなく今日に至っています。
 事故の直後、警察は事件性を否定して、この事故を娘本人の「自過失」によるものとの判断を下しましたが、それは決してそれ以上でも以下でもない、この事故に対する一つの見方であったはずのものでした。けれども、やがてこの「自過失」という言葉は、さまざまな場で意味を変え、学校で子どもが死んだという事実から目を背けるための口実になってしまった。私にはそう思えてなりません。私たち夫婦と家族が一番に願ったのは、娘の最期の気持ち、そのときあった事実を知りたいということでした。娘の死から二度目の春を迎えて、今ようやくこの願いが叶った心持ちがしています。
一年半余にわたる調査する会の活動を通して、私たち夫婦は様々な独りよがりを正され、またそれ以上に目を開かされる経験を幾度も重ねてきました。アンケートにご協力くださった方々をはじめ、たくさんの人たちのご協力に感謝します。そして、何よりも会の方々の熱意とご尽力により、この報告書はできました。ここに示された内容は、私たち遺族の思いをはるかに越えて、各分野から、より深くより鮮明にこの事故の本質を解明するものです。
子どもの数が減る一方で、学校でのけがや死亡事故は増加傾向にあります。失われずにすんだはずの娘の命、娘と同じような事故が二度と起こらないようにと切に思います。この報告が子どもと教育に関わるすべての人々にとって、共通理解の糸口となることを願ってやみません。