麻貴と供養

娘、麻貴の事故が起こった日は梅雨空のちょうど合間で、楽しみにしていたその年のプール開きの日でした。朝、二才になったばかりの弟をうれしそうに抱きながら私を見送った姿が今でも目に焼きついて離れません。

【転落事故と「調査する会」】
 二年前の1999年6月22日、当時、東京都文京区立指ヶ谷小学校の6年生だった麻貴は休み時間に、五階の図書室の窓下の庇(ひさし)から、三階のプール腰洗い漕に転落して三日後の25日に日医大の集中治療室で亡くなりました。今まで、静脈注射もしたことのない麻貴は何本もの管を体に入れられ、医療機器の助けを得ながら三日間私たちに「覚悟」の時間を与えてくれているかのようにベットに横たわっていました。私は最後の瞬間、心臓が停止し麻貴の顔から赤みがスーッと引いていくのをガクガク震える足で辛うじて支えながら見つめていました。
 どうして、麻貴が庇に出ようとしたのか、どのようにして転落したのか事故当日、校長先生にも担任の先生にも聞きましたが、友だちふたりと麻貴の三人で図書室に行ったということ以外「よくわからない」という返事しか返ってきませんでした。その後も落下した位置や落下する姿(四階にいた教師が偶然見ていた)は説明していただきましたが、「よくわからない」というだけで結局のところあいまいな説明しかしてもらえませんでした。そこで、文京区の教育委員会にも行きましたが当時の指導室長も「私もそこにいた子どもたちから話しを聞きましたが、落ちたときの様子はよくわからない」「出会い頭の事故のようなもの」と答えるだけで突然いなくなってしまった麻貴について何もわからぬままの状態でいました。その後も学校や教育委員会には事故の原因について何も説明をしてもらえなかったため、どうしたら良いのかわからず弁護士の方に相談しました。同じ子どもをもつ保護者の方にも相談しました。学校で起きた事故ですから教職員の方にも相談しました。建築家の方にも相談しました。そうした方々が「指ヶ谷小学校転落事故を調査する会」を結成して原因を調査するため奮闘して下さいました。精神的にも様々な面でも大変助けていただきました。

【調べてわかったこと】
 調査する会では施設などハード面と安全教育、管理体制などソフト面、両面からこの事故の原因を調査しました。そのために、何度も小学校を訪れました。ハード面は実際に現場に行って調べればある程度わかることですが、ソフトの面では学校、教育委員会が内容を知らせてくれないために大変苦労しました。調査する会では、児童の意識が重要だという立場から、図書室の利用や安全についてのアンケートを学校に持参し、実施してもらえないだろかとお願いしました。しかし、拒否されてしまいました。そこで、「どんなアンケートでも良いから児童の意識を学校で調査してもらえないだろうか」と申し入れましたが駄目でした。仕方なく調査する会ではアンケートを郵送し実施しました。また、情報公開制度を利用して文京区からも資料を請求しました。

[図書室の構造上の問題点]
①低学年も利用する図書室が五階にありそのこと自体が危険である。これは当時の条例からしても問題
②図書室の庇は奥行1m13cmで普通教室のベランダに柵がないのと同じ状態になっている。教室からベランダに出るのと同じ感覚になる。
③庇に面した窓は床から窓まで61cmの高さしかなく、しかもその窓に面して97cmの階段状
の本棚が置いてある。このため庇に出やすくなっている。これは「小学校施設整備指針」から見ても適切ではない。
(新設当時は床からの窓までの高さは「押しだし式の窓」があったため実質的には約100㎝の高さを確保していた。しかし、1982年に窓の改修工事があり、何の配慮もなく61cmになった。)
④庇に面した窓は二つあるが一方の窓は耐震工事(1997年)の時に床から窓までの高さを100cmにし、しかもそこには手すりもつけられた。しかし、事故のあった窓は61cmのまま放置され手すりさえもつけられなかった。改修工事が三度もあり、手すりをつけたり、床から窓までの高さを見直すチャンスがあったにもかかわらず放置された。。
⑤児童が使用する教室であるにもかかわらず出口が一方に片寄っており避難口が二つあるかどうか疑問な構造になっていた。「安全条例」からしても適切でない。

[図書室の利用上の問題点]
①職員室からも普通教室からも遠く「死角」になっていたと学校も言っているが、にもかかわらず司書は配置せず、鍵もかけず自由に行き来ができる状況だった。
②「指ヶ谷のよい子」というプリントでは、休み時間は外で遊ぶということになっている。図書室を利用するときは担任の先生に言ってから使用することになっている。と、学校や教育委員会は言います。しかし、調査する会で実施したアンケート結果は、学校や教育委員会の力説とはかけ離れ、多くの児童は「図書室の利用」についてあまり知らない状況だった。
[情報公開によってわかった問題点]
①「事故の状況がよくわからない」と言っていたにもかかわらず事故の二週間後、警察の事件性を否定した「自過失事故」という見解をもとにした「事故報告書」を提出していた。しかも、関係者である担任の先生は提出された報告書は見ていなかった。
②、職員会議録には、この事故に関しての記載はなかった。職員会議で原因の調査等、話し合いはなされなかったと判断できる。(もし、職員会議でなくとも事故の原因について調査しているのであれば是非、見せていただきたいと現在でも私は思っています。)
③建築設計図等によると、図書室の庇に面した二つの窓のうち一方には手すりが付けられ、床から窓までの高さも高くなったが、事故のあった窓は60cmのまま放置された。改修工事が三度もあり、手すりをつけたり、床から窓までの高さを見直すチャンスがあったにもかかわらず放置された。
 
【二度と再びこのような悲惨な事故を起こさないために】
 私は調査する会の人たちとその原因を調べる中でこの事故は大人の側の対応で「未然に防ぐことができた」と確信しています。
 一番感じるのは「子どもたちの目線」に立った安全に対しての意識や緊張感が学校や教育委員会になさすぎるということです。子どもたちは、心理的な面から言えば低学年なら、雨のあとの水たまりには入りたがるし、高学年なら塀や木などには登りたがります。身体的な面から言えば、誰もが経験したことがあると思いますが子どものころは、さほど広くない道が広く見えたり、その道を長く感じたり、木や塀がすごく高く感じたりします。子どもたちの目線に立ち、子どもを含めた安全点検をしていくことが必要であるにもかかわらず実施してきませんでした。
 娘は帰ってきません。私はこんな辛い思いをする事故を二度と再び起こしたくありません。学校や教育委員会の方々にも二度とこのような事故が起きないよう、まず、この事故の原因を究明しそこから教訓を導き出して頂きたいと思っています。本年、四月に調査する会がまとめた「事故報告書」を持って、学校・文京区・東京都に原因究明と再発防止の申し入れを行いました。その回答が寄せられました。しかし、報告書で提起した事故原因につては何もふれず未だに学校や教育委員会から「何が原因でこの事故がおこったのか」まったく説明されていません。私はそのことが一番知りたいし、原因を究明してこそ再発防止ができるわけで、そのことが何よりも娘への供養だと思っています。