調査報告5 事故後の学校等の対応

事故状況等の解明のための学校側の調査状況

①前述の学校から文京区教育委員会教育長にあてた平成11年7月6日付の「児童の死亡事故について」という報告書によるこの事故の発生状況に関する記述は以下のとおりです。

発生状況
当該児童は、中休み時間(10:25~45)に、同級生の女児2名と図書室に行った昨日の清掃時間に他の同級生が窓の外の庇に出ていたことを試そうとして窓を開け窓際に設置された書棚(高さ98㎝。窓枠より37㎝高い。上部の幅 2㎝、下部の幅35㎝)の上にかがんで乗り、かがんだまま窓下にある幅1m10の庇に飛び降りた際に、バランスを崩して転落した。

小学生6年生の女児の尊い生命が犠牲になりました。しかも、上記報告書を作成した当の学校が管理する校舎内での事故です。このような重大事故であるにも関わらず、本件事故の発生状況に関する記述はこれだけです。
尚、上記報告書には、何故か「参考資料」として

1.6月22日(火)富坂警察署員が現場に居合わせた女児2名から事情聴取
した内容(同席した担任・生活指導主任が確認した内容)
(1) 2校時終了後、中休み時間(10:25~10:45)に、3人で「図書室で遊ぼう」ということになり、担任の先生の許可を得ないで図書室に行った。
(2) 当該児童は図書室で「昨日、同級生が庇に出ているのを見て、おもしろそうだった。やろうとしたが先生が見回りにきたので、怒られると思って止めた。」と言っていた

2.翌6月23日(水)に当該児童の同級生から聴取で判明した事実
(1) 図書室の窓から外の庇に出る遊びについては、5月28日(金)、その週の清掃当番にあたっていた班の1名が行い、それをまねて更に2名が行った。翌週の清掃当番に当たっていた班の2名が行った。6月21日(月)に」今週の清掃当番に当たっていた班の2名が行った。行った理由としては1名は4年生の時に庇に落ちた本を拾った経験を挙げ、他の児童は降りられそうだと思ってやった、他児がしているのを見てまねたと答えている。
(2) 当日、事故現場に居合わせた2名の女児のうち1名は同様の遊びを1回経験していた。しかし、当該児童を誘った事実はないとのことである。
(3) 6年生になり、図書室が清掃場所になってからは、5・6名の児童が、図書室を格好の遊び場と考えて、担任に断らずにこっそり入室していた。

そして、

上記1、2の事実については、いずれも教職員は把握していなかった。
また、過去に同様な危険な遊びが行われていたかどうかについても、教職員は情報を持っていなかった。

として、学校側のこの事故に対する予見可能性を否定するかのごとき主張が書かれています。
学校の作成した報告書にある事故の発生状況に関する記述は以上のとおりです。
このことからも、学校側が今回の転落事故に対する調査をいかに怠り、真相究明をしようとの姿勢がかけているかがわかります。

事故の説明状況及び学校の調査経緯等

① 学校側が麻貴さんの両親である金子広志さん、金子恵子さんに事故の説明をしたのは、事故発生から6日後の1999年6月28日(月)です。場所は校長室です。
榎本校長、担任教諭から説明しましたが、要約すると「状況がよくわからない」ということでした。
では事故がどのようにして調査されたのかを見ていきます。
事故当日、22日(火)午前11時くらい、榎本校長、担任教諭は図書室で富坂警察署員が女児児童Aさん、Bさんから話を聞くのに立ち会いました。署員は、「椅子を置いて登ったか?」「どの辺に着地した?」「バランスを崩して落ちたのかなあ」などと話していました。二人の児童は、茫然とした様子でした。そのとき警察が筆談で「いじめや自殺の心配はないか」と担任教諭に聞いたので、担任教諭は「ない」と答えました。話は12時くらいに終わり、担任教諭は二人を職員室に連れて行き、4時間目が終わるまで休ませました。
事故翌日23日(水)、教育委員会から叶氏をはじめ2名が来ました。事前に教育委員会の人が、担任教諭に「金子さんが降りる前の会話」「どんな風に降りたのか」を聞いてほしいと言いました。この時の事情聴取は、1時間ぐらいでした。
その夜、担任教諭宅にひとりの児童の保護者から「子どもをクラスの子から離して話を聞かないでほしい」との要望がありました。
また、事故翌々日24日(木)の朝、学校にもう一人の保護者より谷口教頭に「聞き出そうとしたが、黙って言えなくなってしまった。事情聴取を慎重にして下さい。」
との連絡がありました。担任教諭はそのことを谷口教頭から伝え聞きました。また谷口教頭より「誰が、いつ頃(庇に)出ていたか、聞いてほしい」と言われ、担任教諭はクラスの児童全体から事情を聞きました。
以上のような学校の調査によって報告書が作られました。それによると麻貴さんが図書室に行った目的は、「昨日の清掃時間に他の同級生が窓の外の庇に出ていたことを試そうとして」と書いてあります。しかし私たちが担任教諭から聞き取った内容によれば、3人はその前に水木しげるの本を見たりしています。また私たちがさんに答えてもらったアンケートには、事故当日、「図書室には、遊びに行っていた。(かくれんぼなど)」と記されています。
Aさん、Bさんからの事情聴取が性急すぎたために、児童の気持ちを追いつめ、だんだんその口を閉ざさせてしまい、詳しい事情が聞けなくなってしまいました。
その結果、私たちとの会見もなかなか実現できませんでした。仲良しの友だちを失った直後です。やはりその衝撃や喪失感、悲しみが大きいので周りの大人たちがいったん、児童の気持ちをしっかりと受け止め、時間をかけて状況を聞くべきであると考えます。また警察が関係児童から話を聞く場合も、できるだけ早く事情を聞く緊急性はある程度は理解できますが、Aさん、Bさんの保護者にも事前に学校側が状況を説明していくことも必要であると考えます。そのため学校は、二人の児童の保護者から、状況の聞き方について抗議を受け、それから後、2人から個別に事情を聞くことはしませんでした。
また報告書の事故に対する警察の判断という項目の中に「いじめ等の事実もない」があります。それは上で述べたように、警察が担任教諭より聞き取ったものであり、学校側が主体的になって調べたものではありません。死亡事故に関わるいじめの有無です、学校側が時間をかけて調査すべきことです。その調査をしていないにもかかわらず、担任教諭の意思表示のみで、いじめがないと警察が判断したことを報告書で述べるのは、我田引水の感があります。いじめの有無について学校が調査し判断したことを述べてもらいたいところです。
学校側がいっこうに事故原因について調査をしないので、私たちは、学校の児童たちが事故発生現場の窓についてどのような認識を持っているか調べることが重要であると考えました。そこでアンケート方式の調査を行おうとして、アンケート案を持参し、1999年11月19日(金)、榎本校長を訪ねました。榎本校長は検討してみるということで預かりました。その後、この件を区教育委員会と相談して、理由は何ら述べることなく、「アンケートはできない」との結果のみを伝えて来ました。そこで私たちは、学校の方でアンケート内容を変えてもいいから、図書室の窓について、児童の意識や行動の実態がわかるようなアンケート調査をしてほしい、と要望しましたが、受け入れられませんでした。
しかし事故が起きた場所に対して、子どもたちがどのような意識をもっていたかを調べることは再発防止の上で大変重要なことです。学校がその調査をしないことが理解できません。

②榎本校長や谷口教頭、区教育委員会関係者から、遺族に謝罪の言葉はありません。
その代わり弔問に訪れる際の学校関係者は、いつも異口同音に「このたびはどうも・・私たちにできることがあったらおっしゃってください。」と言います。学校の中で骨折などの比較的大きな事故が起きたとき、経過の説明の後に謝罪の言葉があるのは普通です。この場合の謝罪は、社会的責任であると考えます。本来、安全な環境であるはずである学校で事故が起きてしまった、それについてのものです。
今回のような事故でも同じであるはずです。だから謝罪がないのは理解できません。
今回のような死亡事故で謝罪をすると、学校側の責任を認めることになるから謝罪をしないのでしょうか。そうではなく、まず誠意ある謝罪、そのあとに様々な事故原因の調査が始まると考えます。
上の「私たちにできることがあったらおっしゃってください。」の言葉に応えて、金子広志さんから緊急安全点検を榎本校長に要望しました。校内の他に危険な個所がないかを保護者も参加して点検する内容です。学校側はこれに応え1999年7月13日(火)に実施しました。金子広志さん、金子恵子さん、 会長、呼び
かけに応じた 会員30名ほどが参加しました。この安全点検では教職員と保
護者が共同していくつかの危険個所を指摘しました。これは事故の重大性と児童の安全確保の必要性、緊急性を考えると大変意義があるものでした。しかし、点検で危険と指摘されたところがその後どのように対応されたのかについて、金子さん夫婦はもとより、 会員全体への知らせはありませんでした。ここに学校の安全に対する姿勢が表れています。きわめて残念なことです。

③ に対して文書の形式で、今回の事故の経過と謝罪を内容とするものは、学
校側から発行されませんでした。また緊急保護者全体会は、事故から2日後に開かれましたが、それは、当時、今回の事故が「いじめ」が原因ではないかとのうわさがそれとなく流れており、そうした事実がないことを学校側が釈明するための会合でしかありませんでした。 会員有志が、「金子さんの話を聞く会」を開けないかと 役員に要望をしましたが、それには応えられていません。この「金子さんの話を聞く会」は有志が主催する形で事故から1年半が経った2000年12月16日「学校の安全と安全学習について考えましょう」という名称で行われました。結局、事故直後に開かれた保護者会は、6年生のものだけで、それは7月10日(土)6時より校長室で行われました。榎本校長、担任教諭、金子広志さん、金子恵子さん、ほとんどの保護者が参加しました。そこでは保護者一人一人の思いを述べるとともに、当面の安全対策として、事故後図書室には施錠したことを校長が報告しました。また保護者からは、わが子から聞いた話として、自分の子どもも図書室の庇に降りたことを聞いて、学校側に詳しい調査を求める声などが出たり、別の保護者からは、「実はうちの子どもも、あとで(事故の起きた図書室に)行く予定だった。」との新しい事実も報告されたりしました。
このように今回の事故原因究明では、学校は積極的に事故の経過を保護者に知らせる努力をしていません。保護者の立場にすれば、我が子を学校に通わせている以上、なぜ事故が起きたのか、本当に安全なのかなどについて、学校側から正確な情報を聞きたいところです。また正確なことが伝わらないと、根も葉もないうわさが広まったり、誤った認識のまま事故を判断してしまったりすることもあり得ます。
このように大きな事故の場合、学校側が緊急保護者全体会を開き、保護者に説明していくことが必要です。同時に 側も、会員の思いや願いを取り上げ、学校側に緊急保護者全体会を求めていく姿勢をもってほしいと考えます。

④事故と子ども
金子広志さんが事故後、6年1組の子どもたちと関わった機会は4度あります。
2000年の3月の卒業を祝う会、父親として麻貴さんについて語った教室での話、卒業式、2000年の6月のクラス会です。麻貴さんについて語った教室での話は、金子広志さんから学校・担任教諭に要望して実現しました。それは金子広志さんが具体的に麻貴さんについて語ることを通して、命の大切さを伝えるものです。話を聞きながら、泣く子どももいました。子どもたちが、事故をどのように受け止めているかについて、卒業した子どもたちとの交流を続けていくことを通して、これからも金子広志さんは向かい合っていく考えです。

⑤金子広志さん、恵子さんに写る学校側の姿勢
金子さん夫婦は、上のような学校の姿勢に、このような事故が二度と起きないようにしようという緊迫感や責任感を現在も感じていません。一人の子どもの命が失われているにもかかわらず、今回の事故について学校には、一番大切な事故の原因を明らかにしようとする姿勢が見られず、結果的には、あたかも歩いていて転んだだけのような軽微な出来事と同じ対応しかしていないと感じています。
麻貴さんが亡くなった直後、事情がわからなかった弟の貴啓君も、お姉さんの長い不在に気づき、「麻貴ちゃんはどうしていないの?」と最近になって聞くそうです。金子広志さんと、金子恵子さんは、現時点で貴啓君がわかるように説明をすることはできません。学校が提出した報告書にある「事故発生時に居合わせた児童や死亡した児童のご家族を始め、在校生等の心の痛手を癒すように、区教委と協力しながら最善を尽くしていく」との文は空虚な作文に過ぎません。努力目標です。両親の心の痛手は癒されるばかりか、結果として学校の不作為によって深まるばかりなのです。

学校側の責任回避の姿勢

①以上のとおり、学校側は、麻貴さんの保護者に対して、事故の状況についてすら満足な説明をしていません。そればかりか、事故後2週間経った7月6日付の文京区教育委員会教育長宛の榎本幸弘校長名による「児童の死亡事故について」という報告書を作成しているにもかかわらず、その内容、とりわけ事故発生状況について保護者らが聞いても、ただ「転落した」と答えるのみでした。しかも、この学校の報告書自体を後日、情報公開条例に基づき入手するしかなく、その内容を読んでも学校側がまともな調査をしたとは到底窺い知ることはできません。
前述した図書館に関する安全性欠如の問題については全く言及されておらず、逆に、「安全管理に尽くしてきた」と強弁しているのみで、麻貴さんが書棚の上から「庇に飛び降りた際にバランスを崩して転落した」との報告結果からは麻貴さんの「自過失のみ」で、この事故が発生したといわんばかりの姿勢です。

②このように、事故後の学校側の姿勢をみると、真剣にこの事故の原因を究明し、二度と尊い児童の生命が犠牲になることのないよう再発防止するために何が必要なのかについて、全く考えられていません。現に、この事故後最初に配布された平成12年度の「指ヶ谷のよい子」では、やたらと「あぶない遊びは、絶対にしない、させない。(キケンな遊びやあぶないモノや出来事や人などを見たら、すぐに先生や主事さんに知らせる。)」ということが強調されているのみです。また、平成12年6月26日付の泉宣宏新校長名で、保護者各位に配布された「金子麻貴さんを追悼して(お知らせ)」という文書でも、この事故に関して事故再発防止のための教訓を見つけようとの姿勢は全く見受けられず、「自分自身で身を守るための勉強をしていくことと、友達が危ない目に会いそうだったらそれを止めたり、助けたりする勇気を持つことも大切だと思います。」と述べ、この事故の発生状況とは異なり、まるで麻貴さんと窓の外に出るのを止められなかった友達が悪いと言わんばかりの論調です。

③また、学校側は、この事故後急遽図書室に鍵をかけるとともに、当該窓に3本の手すりを取り付けました。
そればかりか、昨年(2000年)には図書室自体を5階から3階の空教室に移設しました。そして、5階の旧図書室は、「校歴室」として事故現場の窓を木枠と暗幕等で被いました。しかし、図書室だった当時窓際に設置されていた本棚は全部取りはらわれてしまいましたので、せっかく取り付けた手すりと窓台の間が広くなってしまい、暗幕をまくりあげれば ㎝の高さしかない窓台から、より容易に外の庇(ひさし)に出られる状況になっています。これでは、窓に手すりを取り付けた意味がありません。
このことからも、学校側の事故後の処理がいかに場当たり的なものでしかないことがわかります。

〈校歴室の室内状況―左手展示板が本件事故のあった窓部分 撮影 〉
(暗幕を持ち上げている状況 撮影 )
〈暗幕の裏から窓の外へより出られ易くなった状況 撮影 〉

今回の転落事故の発生原因等について真剣に検討するならば、単に、物理的に危険箇所を閉ざすという対策のみではなく、どうして、このような安全対策措置が事故前にとれなかったのか、物的設備面、人的配置並びに安全教育・指導上の措置等全般的にわたる検討がなされてしかるべきです。
そして、問題があったことに気が付いたならば、素直に謝罪し最善の策を講ずるようにし、また、その検討経過、結果等につき、遺族をはじめ保護者や関係者らに誠実に説明すべきではないでしょうか。今後、二度とこのような痛ましい事故が発生しないようにするために、私たちは学校側に対し、強く反省を求めたいと考えます。